「クライマーズ・ハイ」

元ちとせの歌は流れないのか。
入り口でもらったチラシが、映画が終わる頃には握り締めすぎてくちゃくちゃになってました。そのぐらい、のめりこむように観ちゃいました。御巣鷹山の話というより、地方新聞社で働く者たちのドラマだったのは、ちと意外でしたが。
過去の栄光にしがみつく上司、足を引っ張る同僚、つまらない思惑で右往左往させられる現場、同じ社内なのに反目しあう製作と販売、こういうの、どこの企業でもあるよねー。
地方新聞社にとって未曾有の大惨事にいきり立つ現場の緊迫感が本当に良く伝わってきました。カメラワークが抜群だし、役者の配し方も絶妙。主人公・悠木の行動と心理が今ひとつストレートに伝わってこなかったのが若干マイナスかな。堺雅人は本当に「喜怒哀楽のすべてを笑顔で表現する」よね、怒ったときの目がナイフのようで凄かった。あと、神沢役の滝藤賢一も鬼気迫る演技だったなあ。整理部のでんでんとマギーが個人的にはお気に入り。
衝立岩の遠景も、息を呑むほど勇壮でした(追記:主人公たちの登った「衝立岩」が、御巣鷹山とは全然違う場所だったとは。今気づいたよ(汗))。さて、予定通りこれから原作を読みます。できれば評判の良かったNHKのドラマ版も見てみよう。
 
今から三十年ほど前、某全国紙に父の友人が勤めていたツテで、社内を見学させてもらったことがあったんですよ。そのときすでに、紙面構成にはパソコンが導入されていました(黒バックに緑線でしたが)。二十二年前に無線すらない地方新聞社、中央と地方でほんとにそんなに格差があったんでしょうかね。
新聞の仕事というものについても、すごく考えさせられました。毎日発行しなくちゃならない新聞、どんな大事故でも刻々とそれは過去のものとなり、新しいニュースに紙面が割かれる。しかし悠木が海外に暮らす息子一家を訪ねる場面で、日航機事故について書かれたレポらしきものが車内にあるのが映りましたよね。常に現在を追い続けなければならない記者にとっても、あの事故は決して忘れられないものであったことを象徴する場面だったように思います。
新聞の意義はどこにあるのでしょう。御巣鷹山のことは今でもくっきり記憶に残っているけど(サークルの先輩が大阪の人で、帰省時には飛行機を使っていたので、ものすごく心配になって電話をかけまくったりしたなあ)、頭に残っているのは新聞の記事や写真ではなく、生存者が救出されるテレビ映像だもんね。速報性・インパクトでは、当時ですらテレビに勝てず、ネットが普及した今となってはその傾向にますます拍車がかかる。もちろん、新聞というメディアがなくなることはないだろうけど、生き残るために必要なのは、なんだろう、記事の深さ、読み応えなのかなあ。
それにしてもこの二十年で、新聞社の仕事はIT導入で激変だよね。記事も写真も今はデジタルで送れちゃうし。当時は民家の電話をお借りしたりしてたんですね。ところで新聞社って今でもあんなに男性ばかりなのかなあ。
遺書の内容を聞いた後、結局悠木はどうしたんでしょう。映画だと今ひとつ想像がつきにくかった。
(映画館にて鑑賞)