「海を飛ぶ夢」

「泣かせる映画」ではなく「考えさせられる映画」だ。
映画の中では、尊厳死を肯定も否定もしていない。主人公の一生を、実話に則して忠実に絵にしただけ。ラモンと彼を取り巻く人々の日常を、日記を綴るように静かに、暖かく、ユーモアを交えて描いている。しかし、尊厳死にまつわる様々な感情──尊重、逡巡、共鳴、悲嘆などなど──が余すところなくリアルに伝わってきて、観客は自然とラモンの一生について深く考えさせられるのだ。人がひとり死ぬということは、こんなにも重いことなのだと。
主人公が何しろ寝たきりなので、動きのあるシーンは少ないし、場面のほとんどが彼の部屋や家の中で(それだけに、法廷へ向かう車の中から見える外の景色や、ラモンの心を象徴する飛翔のシーンは強く心に残った)、なのに観ていて一度もダレるところがなかったのが凄い。脚本・監督のアレハンドロ・アメナーバルは私より年下、うわあ、三十代前半でこんな深みのある映画を撮っちゃうんだ、もうびっくり。(「アザーズ」の監督さんなのか。「アザーズ」は、綾辻さんお気に入りの一本なので気になっていた映画、俄然観る気になったぞ。)
テーマは重いが、全編を通じて優しさやユーモアがあふれていて良かったなあ。四肢の不自由な神父が訪ねてくるところなんか、不思議とほのぼの笑えるシーンになっていたし。
俳優も素晴しかったです。とにかくびっくりしたのは主演のハビエル・バルデム。事故にあった時の回想シーン、あれまあよう似た若い俳優さんを見つけてきたもんだなあと思いきや、バルデム本人だったとは! つまりは青年のシーンが実年齢に近くて、現在のベットに寝たきりのシーンは老けメイクだったのかと。うっそー、俳優さんってすごいなあ、演技力ってすごいなあ。

(映画館にて鑑賞)